こんなのあったの!?博多の隠れた歴史散歩

歴史的な英雄も集まった博多の小学校

博多は、大阪の堺と並ぶ商業都市として中世から発展していました。毎年7月に行われる博多祇園山笠は700年以上の歴史を誇り、この町が古くから栄えていた事を伝えています。そんな歴史ある町博多のちょっと変わった歴史スポットをご紹介します。朝鮮半島に最も近い都市である博多は、古来戦いの舞台でもありました。その為、歴史上の英雄たちがこの町を訪れています。その事を表現しているユニークな施設が、大博通りに面している博多小学校です。この小学校の体育館の壁面には、この地を訪れた英雄たちの名前が列挙されています。通りに面していますので、誰でも見る事が出来ますよ。

濡れ衣の語源になった娘の慰霊碑

無実の罪の事を濡れ衣といいますが、この言葉の語源になった事件があったのも、実は博多なのです。奈良時代に京都から筑前博多に赴任してきた守護の後妻が、先妻の娘に衣を盗んだという罪をきせたというのがこの事件です。無実の罪を着せられた娘は父親によって殺されてしまうのですが、娘は亡霊となって無実を訴えます。亡霊の話しによって見つかった衣が濡れていたので、濡れ衣というのです。この娘の霊をなぐさめるための慰霊碑が、川のたもとにひっそりと建っています。

菅公を祀るのは大宰府天満宮だけじゃない

学問の神さまとして有名な菅原道真公を祀る神社として有名なのが、大宰府天満宮ですが、実は菅公ゆかりの神社は博多にもあるんです。それは網敷天満宮というのですが、菅公が大宰府に左遷されて来た時に、通りかかったこの地で漁師が網を使って敷物を作ってお出迎えしたというのが名前の由来です。大通りから一本入った静かな場所にひっそりと佇む神社ですが、長年地域の人たちから親しまれてきた由緒ある天満宮です。

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